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基本的人権と人類の平等、そして差別反対を説いたスウェーデン大教会

おごそかで美しいルシア祭からクリスマスまで、毎日、スウェーデンのクリスマスソングで癒され、教会コンサートへ出かけると、しみじみ、今年一年をふりかえり、来年の幸せを祈り、日本の平和と発展、世界の平和を祈るおごそかな気持ちになります。

北欧は約1000年前のバイキング時代にキリスト教の布教がありました。それ以前より、北欧の神々は存在し、多神教的な面もあり、それは現在にも底流に受け継がれているように思います。ですから、日本の万物に魂を有すという考え方も理解されやすいようです。ゆえに、トトロのような映画が愛されるのだと思います。

キリスト教会にもどことなく、バチカンを頂点とした教会とはひと味違った感じがします。最もそれを感じるのは女性の牧師がいることです。私が日本でスウェーデン語を習ったフィンランド人のリトバさんもキリスト教の女性牧師さんでした。

さて、ここからはブログ、「スウェーデンの今」より引用させていただく記事となります。今年のスウェーデンは選挙の年でした。選挙後の国会に先駆け、スウェーデンで最も権威のあるストックホルム大教会でミサが行われ、ストックホルム主教区の主教が説教(説法)を説くことが慣例となっているのだそうです。そこで、行われた女性主教の説法がとても印象深く、まさにスウェーデンの国づくりの土台となっている哲学だと思いました。それをご紹介します。

以下、引用
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国民から信頼を託され、議員という役目を担うことになった皆さん、おめでとう。85%の有権者、つまり600万人強のスウェーデンの人々は、私たちみんなのために良い社会を築き、素晴らしい将来を作り上げる資質を持ち備えているのはあなただと考えたからこそ、議員に選んだのです。その信頼を背負うということは偉大なことです。議員という役目は、一人で果たせるものではなく、ともに助け合いながら行っていくものです。その協同が一人ひとりの活動よりも大きな意味を持つのです。民主主義とはそうやって機能するものだと思いませんか?

政治とは、自分自身のエゴから私たちみんなに関わる物事へと視野を広げていくことです。自分の住む地域の社会に目を向け、さらにその向こうを見つめてみましょう。なぜなら、私たちは自分だけで生きているのではないのですから。私たちの役目と責任は、国家というものが規定する国境よりも大きなものです。私たちを必要としている世界があるのです。私たちの連帯、お金、そして特に私たちの視線と声を必要としている世界があるのです。

あなた方には多くの期待が掛けられています。しかし、勇気を失ってはいけません。あなた方に声の代弁を託した私たちは、傍で応援しています。民主主義とはそうやって機能するものだと思いませんか?

(中略。聖書からの一節に触れる)



すべての人間には出生地や性別、年齢に関係なく、そして、ホモセクシャルであるかどうかに関係なく、尊厳があり、同じだけの価値を持っているのだと信じている私たちは、議員となったあなた方が常に私たちと対話を持ち続け、「あなたのために何ができるだろうか?」と問い続けてくれることを期待しています。そして、そのことで社会が良い方向に動いていけば大きな喜びとなります。

昨日、ストックホルムや国内の各地では数千人の人々が集まり、声を上げました。同じ人間同士に区別を設けようとする動きに対して、反対の声を訴えたのです。「あなたには私ほどの価値はない」「あなたには私ほどの権利はない」「あなたには自由を享受しながら生きる資格はない」と主張する人種差別に対して、拒絶の気持ちを表現しました。この人種差別は、ある人がたまたま世界の別の場所で生まれたという違いだけで、人々に差別をつけようとしているのです。キリスト教を信じる者にとって、そのような差別は決してできません。人間に違いをつけることは、尊厳を犯すことです。人種差別をなくすためには、あなたたち数百人の人に議員としての役目を託すだけでは不十分です。これは、私たちみんなの役目であるからです。そして、人間としての価値を護るという闘いにおいて、誰かが声を上げなくなったり、声を封じられることがないように、石でさえ声を上げるくらい私たちみんなで頑張っていかなければなりません。そのために、神は支援の手を差し伸べてくれることでしょう。

私たちはたくさんのことを成し遂げなければなりません。そして、そのためには巧妙さと勇気と人間同士の温もりが必要です。役目に喜びを感じましょう。役目の重さを感じましょう。私たちが託した信任を実感してください。すべてのことにトライして、良いものを生かして行こうではありませんか。人間に区別をつけてはいけません。私たちを創った神の慈悲を感じましょう。

そうすることで、私たちは今を生き、将来へと歩んでいけるのです。
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引用終わり

私は彼女の話されたことは正しいことだと思いました。そして、スウェーデン社会は当然ながら問題と摩擦をかかえながら、懸命に彼女の言う理想的な社会へ向けて営んでいると思います。

テロの記事でご紹介した新聞の編集委員のいう、「寛容で開かれた多文化社会」を実現するには政治家はもちろんのこと、国民一人一人が責務を負うのだと思います。スウェーデンは小国ながら健気に理想的な国家、すなわち基本的人権と人類の平等の尊重そして差別に反対する国家を実現しようと努力してきたのだと思います。

私はまさに、そのような国であると実感しています。もちろん、他の国と同様に人種への偏見、恐れによる摩擦が少々あるのも承知の上です。そして、理想とリソースの狭間で様々に苦闘があるのももちろんのことです。それでもなお、他国に比べて「寛容で開かれた多文化社会」を実現しているし、基本的人権と人類の平等を尊重し、差別に反対する社会を実現していると思います。

こういう国のキリスト教ならば信仰してもよいと思うこのごろです。他国民、異人種をいくら殺しても平気な国のキリスト教など断固として信仰するはずもないのですが。

ひるがえって、我が国はどうでしょうか。ホモセクシャルへの差別、遺伝子が足りない、三国人などの差別を隠そうともしない都知事。一国に相当する人口を抱える東京で、このような首長が選ばれ続けるようでは日本の国際化や民主化など進むはずもないし、差別もなくなるはずがありません。そして、選挙で選ばれた与党にもかかわらず、気に食わない派閥を排除し、民主主義に反する政権運営を行う現民主党。そのような日本でよいのでしょうか?

そして、日本の宗教界はいったいなにをしているのでしょうか?昔からの教えを伝えることと、冠婚葬祭の形式宗教だけにとどまっているとしか思えません。現世と乖離した宗教界でいいのでしょうか?仏教界は貧困、人権、差別、民主主義、ホモセクシャルという現世の近代国家の問題に積極的にかかわる必要はないのでしょうか?

無信教が大多数となり、行動規範が金銭至上主義となりつつある現代日本の大混乱に、自殺者が毎年3万人以上いる日本において、宗教界が眠ったままならば、その存在意義はないのでなかろうか?

そんなことをこの説法で感じました。

日本が少しでも寛容で開かれた、互いをおもいやり、助け合う心地よい国になることを祈って、今年のブログを終わりにします。
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プロフィール

ドクトル硝子

Author:ドクトル硝子
2007年よりスウェーデンで働いています。趣味はカーリングとウインドサーフィン、そして旅。のんびり、まっすぐ、仲良く生きるのが好きです。Lagomとはスウェーデン語で”程よい加減””中庸”な感じ。程よい生き方ってなんでしょう?
Välkommen hos Doktor Glass blog. Jag är japansk som jobbar i Sverige. Jag skulle kunna skriva om japansk ämne på svenska. Jag letar efter ett lagom liv. Jag gillar mycket om glass (o^。^o).

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